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(手帳に、流れるような字で1行。 途中何度か手を止めたようで、ところどころインク溜まりが出来ている) …動くものと戯れる猫も、あんな感じ、なのでしょうかね。 --------- 陽は月とその身を入れ替え、辺りには夜の闇が広がっている。 『過ごしやすい時間がやってきました』 静かに草地を歩みながら、クインスは口元をほころばせた。 目を刺激する光のせいで、彼は昼が苦手だった。 しかし何よりその身を形成する組織の影響だろうか、本能が夜を好いていた。 クインスは西方に流れる川にたどり着くと、 闇に沈んだ川縁に腰掛け、細く長い息を吐き出した。 湿った風が束ねた髪の毛先をそっと撫でていく。 晒された瞳に届く月の光は柔らかで、とても優しい。 ああなんと心地よい… 「!」 刹那、クインスの緩んでいた緊張がいっぺんに張り詰めた。 深く身をかがめ、息を潜め、尻尾も地面に張り付け、 突き出した触角だけ、様子を伺うようにそうっと揺らす。 真剣そのものの顔には、お世辞にも目つきが良いとは言い難い鋭く細い瞳。 その瞳をさらに細めて、草の陰、じっと一点を睨む。 10秒...30秒......1分......... 「ヴォォーー」 突然、背後でウシガエルの鳴き声が響いた。 クインスはハッとした表情を浮かべると、そのまま立ち上がる。 そうしてバツの悪そうな顔で髪を解き、野営地への道を引き返した。 彼が去ったあと、草の陰からそろりと這い出してきたのは─ 一匹のコオロギ。 「いけません…いくら本能があっても……虫は…」 小さな小さな呟きが、夜の闇に溶けて消えた。
まだ夜も明けきらないうちに、クインスは簡素な寝床を滑り出た。 白々とした陽が眼に届く前に、さっさと顔を洗ってしまいたかったのだ。 他の3人の眠りを妨げないよう、息を潜めるようにそっと足を踏み出し… そしてふと、昨夜の出来事を思い返す。 振り返り、野営地にくすぶる火の横へ視線をやると、静かな瞳で見返すジャファルの姿があった。 軽く会釈すると、僅かな微笑と会釈が戻ってくる。 『やはり彼は、眠らずに…』 ぼんやりと考える。 昨夜少しだけ交わした会話、その中で一瞬だけ見せた瞳─遠くを見つめるような表情が、 なぜだかクインスの脳裏に焼きついていた。 幾度となくめぐり来る静かな夜、彼は何を思って過ごしているのだろう。 『一体過去に何が……などといった詮索は、下世話でしょうね』 頭をもたげようとしていた好奇心を追い払い、そのまま静かに野営地を離れる。 ------ クインスはジャファルのことを殆ど知らない。 いや、ロジュのことも、クニーのことも。 人波の中、ぼんやりと休憩していたクインスに声をかけてくれたのが、エルフのクニーだった。 「一緒に行かないか」 シャープな体躯、飄々とした雰囲気、そして少しそっけなくも思える言葉。 それは話に聞いたエルフそのもので、クインスはひっそりと感動したものだ。 だが突然のことに、なかなか返事は喉から上がってこなかった。 そんな戸惑っていた心を、一度に解きほぐしてくれたのがロジュだった。 「ロジュだ、よろしくな!」 笑ってこちらにやってきた少女は、あちこち包帯に巻かれた痛々しい姿ながら、しかしとても眩しく… まともに見たことのない太陽を直視した気持ちになり、髪に隠された目を、つい細めてしまった。 夜の生き物が光に向かい、火にとびこむように。 出来ることなら共に歩いてみたい、この瞬間そう思ったのだ。 ジャファルは…… 「ジャファル。彼は…夜。」 水音を探り歩きながら、ふいにクインスは呟いた。 全身に施されたボディペイント、常に共にある2人、 外見の差異から兄妹や親子には見えないが、彼はきっとロジュと同胞なのだろう。 だが2人の持つ空気はまるで正反対だった。 彼は、静かな夜。 夜の奥に何が潜むものか─ 思考はそこで止まる。 クインスは、穏やかなせせらぎを奏でる川辺へたどり着いていた。 無言のまま腰のポーチから紐を取り出すと、量の多い髪を1つに纏める。 さらされた瞳に、顔をもたげてきた朝の光が突き刺さるようだ。 眉をひそめながらそっと水をすくい、顔を洗い流していく。 体温の低い指先には温く感じた水だったが… 「ああ。顔に触れると、流石に冷やりとしますね」 だが、まとわりつくような朝の空気、そして余計な考えを払うには丁度良い冷たさだった。 触角まで水で洗い終えると、クインスはやっと髪を下ろし、”ほう”と一つ息をつく。 「さあ、そろそろ皆も起きるころでしょうか」 ブリキの缶に水を汲みいれ、元の野営地へと引き返す。 その足取りは、いつもと変わらず静かで、そして緩やかだった。